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2015-04-29

空堀哲学café「女子力」振り返り

先日の空堀哲学caféの振り返りが届きました。

どうなることやらと思っていましたが、今回の対話で出てきた問いを続けて考えられるようなテーマをまた用意するつもりのようです。「性」をテーマにした対話は色々な場所でありますが、空堀哲学caféのカラーでそれが続くことを期待しましょう。

それでは、振り返りは続きからどうぞ。


振り返り

 哲学カフェでは「性/性別」に関わるテーマを絶対やらなきゃいけいない。というルールはないと思うんですが、私はそう思っていたので、実は今回のテーマにはそういう意味も込めていました。

 参加者の男女比率はうまい具合に半々になりました。といってもコレは見た目からの判断で、実際どうなのか。どこまで感覚を研ぎ澄ませることができているか、進行役としてはいつもよりどこか緊張感を感じていました。たぶんそっちにエネルギーをまわしていたのか、あまり話の流れを思い出せなくなってるので今回の振り返りはトピック優先でまとめています。ちなみに参加者に大学生の方がいて、「女子力」という言葉の今の使われ方などを教えてもらえ、助かりました。

 まずこれは最初に出たとはっきり覚えているのですが、「女子力」といって「女性力」でないのはなぜか、という疑問です。「女性の力」というような言い方はありますが、「女子力」とは使う場面や意味あいが違うように感じます。「女子」と「女性」という言い方の間に何か違うところがあるのだろうという問いが出てきました。

 日常の中で「女性」よりも「女子」という言葉を多く使うという話がありました。おそらく「女性」という言葉は「男性」に対立するというイメージが伴う強い意味をもつ言葉なのでは。「女子」という言葉はそういったイメージを和らげていて、「女子/男子」という並びは「女性/男性」がもつ対立のイメージを和らげ、もしくは曖昧にしているのかもしれない。こういった話が出てきました。

 「女子/男子」という言い方と関わるところで、私が何かを言い当ててもらえたと感じた話がありました。その方が「女子力」で思い出すのは、小学生くらいのときに「男子ちゃんと掃除しーや!」と言われた時のことだそうです。このエピソードは私も思い当たるところがあり、うまく言葉で説明できないですがしっくりきました。小学生とか中学生くらいの子が「女子うっとーしいわぁ」と言わずに「女性うっとーしいわぁ」と言っていたらかなり違和感があります。ませてると思うか、むしろドキッとしそうです。

 このことは、参加者の方の話によると「女子」という言葉にある「無邪気さ」のイメージとつながるようです。会社の中では「女性」の立場からの意見を求められたり、「女性」として力を発揮することを期待されるそうです。その中にあって、「女子会」なんかは小さい頃の「無邪気」に戻ろうとしていると感じる、と。「女性」という言葉はオフィシャルな場面で使い、「女子」とは使い分けているそうです。何となく「女性」という言葉はしっかりとした輪郭がありかっちりしていて、「女子」はぼんやりしていてふわっとした言葉のように思えますね。

 これは今振り返りながら思うことですが、「女性」という言葉はいつの間に自分の語彙の中に入り込んできたのやら。「女子」よりは後だと思うのですが、どうなんでしょう。参加者の方から、対話の途中で、学校で「女子」という言葉が使われるという指摘があり、それは大きいことのように思います。でも、なぜ「女性」じゃなくて「女子」を学校で使うのか。どう思われますか?

 さて、「女子力」という言葉に戻りましょう。この言葉には戦略的に流行らされた側面があるのでは、という疑念をもたれる方がたくさんいました。「女子力が高い女性のイメージ」は男性が作り上げたもので、そこに「女性」がはまり込むように仕向けている。あるいは商売上の利益を狙って流布させた宣伝文句。とくに「男性」がつくった言葉ではないか、という疑念は無視できないところです。「女子力」という言葉には何か危うさも感じるところがあります。「女性の力」という言葉で言われているものは「男性の力」から量られているか、あるいは「男性の力」の言い方を変えただけのことかもしれないという意見もあり、「女子力」にも「男性」からのイメージの押しつけといった面はありそうです。「男子力」という言葉が流行らず「女子力」がことさら前面に出てくるのも、それだけ世の中が男性社会だということを表している、という意見もありました。

 一方で、「女子」と名のつくものには「男子禁制」の雰囲気があるというお話もありました。「女子会」がその最たるものらしく、そういったものにある男性が触れがたい雰囲気。「女子力」という言葉も「女性」同士で使うことがよくあるとのことで、「男性」そっちのけという面もあるようです。ところが、「男性」に向けて「女子力」と言う言葉を使うこともあるようです。それはある種の皮肉という性格を帯びることがあり、必ずしもポジティブな使い方でないこともあるようですが。

 こういった具合に、「女子力」は「男性」と「女性」の間でふわふわ浮かんでいる言葉のようです。参加者の方がこの揺らぎを理解するストーリーを話してくれました。「女子力」は「男性」のもつ「理想的な女性のイメージ」を反映したものだった。ところが「女子力」は「女性」の中で「女性」に対して使われ始め、「女性」によって作られた「理想的な女性のイメージ」を映し出すようになった。こうして「女子力」は「男性の言葉」から「女性の言葉」になった。こんな風なストーリーです。

 ちょっと考えたらすぐ化けの皮が剥がれるバレバレの戦略。それなのになぜ「女子力」という言葉は広まったのか。「女子力」という言葉は図らずも私たちの日常にある「何か」を言い当てたんじゃないでしょうか。だから、この言葉はその「何か」を原動力に、流行らせた者の手を離れ動きだした。私がピンとくるのは、やっぱり「男子ちゃんと掃除しーや!」の感覚です。私は、これを言われた「男子」が「女子」を押さえつけ従わせるというイメージがどうしてももてません。ぶつくさ文句言いながら掃除を始めるか、頑張っても無視するか。そんな絵面しか出てこないので。

 「女子力」という言葉は、曖昧で、ぼんやりしていて、テキトウで、皮肉っぽくって、危うくて、そして一時の流行語でしょう。ただ、もし「女子力」にあのようなストーリーがあるかもしれないなら、この言葉はある流れの中に浮かんでいるのかもしれません。それならば次に来る言葉は何なのでしょうか。

 ちなみに今回のテーマは、始まる前からアンコール依頼があるくらい関心を集めました。実際みなさんで話して、今回の対話で出てきたような問いについて緩やかにシリーズ化してもいいかもしれないと思いました。またつづきになるものを用意したいと思います。
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tag : 哲学カフェ振り返り

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のら

Author:のら
猫鳴堂の堂守猫(雑種)。青い。

空堀哲学café
・日時:
 毎月第四日曜日
 16:00~18:00
・場所:
 道勝café
 大阪市中央区谷町6-4-20


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