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2015-10-29

空堀哲学café“1st impression”振り返り

今日は“1st impression”の振り返りをお届けします。空堀哲学caféはほぼ猫鳴堂からしかアクセスできませんから、この猫鳴堂と私のらは、空堀哲学caféの“1st impression”の担い手ということになりますね。

では振り返りをどうぞ。


振り返り

 テーマとしては「第一印象」ということでしたが、「誰かに初めて会う」ということがどういうことなのか、を考えていたということでもあった今回。どんなときにその「初めて」が起きているか、意外と気がついていないのかもしれません。

 私たちは、初めて会う人を、その見た目から「こういうタイプの人だろう」という「種類分け」しているという話から始まりました。この種類分けは、判断する側のみの基準のような気がしますが、ある場面では判断される側も同じ種類分けを使っていると考えられます。例えば、音楽イベントの場合なら、観客は「歌手といえば」という種類分けで判断し、歌手の側も観客が期待するであろう「歌手といえば」を意識します。面接の場合でも、面接官と面接を受ける人のどちらもが「面接といえば」という同じ種類分けを使います。

 音楽イベントと面接では、何が違うかということも話されました。音楽イベントの場合は、個性を押し出して自分を特徴づけるという「加点方式」を意識した発想があります。一方、面接の場合は悪いところを指摘されないようにと「減点方式」が意識されているのでは、との指摘がありました。面接の場合は、下手に印象に残る特徴があるより、何にも染まっていない雰囲気をもっている方が好印象をもたれるという話もありました。

 とくに決まったシチュエーションでない場合は、判断する側と判断される側はそれぞれに異なる基準を使って判断します。もっとも、判断する側と判断される側といっても双方向的なので、判断する側は判断される側でもあり、判断される側は判断する側でもあります。

 ところで、面接の場合などはことさら意識されますが、そうでなくても「第一印象」には「良い」「悪い」があります。ときには「第一印象」を「良く」しようと努めることも。このことについてみなさんが話されたたことは、「第一印象」はいつできるのか、というところへとつながっていきました。

 まず「第一印象」が「良い」ときと、「悪い」ときについて。この二つは、どちらも「次にその人に会うことを期待ないし予感している」というところに共通点があります。つまりこうです。「第一印象」が「良い」人とは自分が好感をもった相手、「また会いたい」と思う人です。逆に「第一印象」が「悪い」人とは自分にとって苦手な相手、つまり「次に会ったらどうしようか」と思う相手です。「良く」か「悪く」か、「第一印象」から次に会ったときの自分の振る舞い方を考えているというわけです。

 「良い」「悪い」もなく、そもそも全く印象に残らない、というケースもあります。以前に会ったことがあると言われたものの全然思い出せないことがあった、ということを話された方がいました。これには身に覚えがある方もいることでしょう。この場合、その人と初めて会ったときには「第一印象」が作られなかったということになります。ということは、「初めて会う→第一印象ができる」という流れは必然的でないということになります。

 ここまでの話で、「また会う」ということへの予感があるかどうかが「第一印象」ができるときの鍵になっている、と考えられそうです。さらに、「第一印象」の要素を考える話がありました。「ギャップを感じないと第一印象はできない」という話です。

 誰かに初めて会って、その人についてある印象を私たちがもったとします。その人が、最初に会ったときとずっと変わらず同じように振る舞い続けると、最初の印象が維持されます。この場合はある印象がずっと継続しているので、それは「第一印象」とは違うのでは、ということが話されました。確かにこの場合はただの「印象」であって、「第一」と呼ぶことに意味がありません。だとするなら、「第一印象」は、「後々変わったために第一と呼ばれることになる初めて会ったときの印象」ということになります。初めて会ったときのその人とは異なる側面を見る、という経験がなければ「第一印象」はできないということです。

 次に会うことへの予感、初めの印象の更新。こういったことがなければ「第一印象」はできない、裏を返せばそういったものでてきているのが「第一印象」と考えられそうです。「良い」「悪い」の観点からいうと、最初の印象が「悪い」人は後々「良い」側面が見えるかもしれません。あるいはそれを期待しているとも。もちろん、「悪い」ままということもありえます。逆に最初の印象が「良い」人は、更新されると「悪い」方に傾く可能性があります。「良い」人すぎるとかえって不安、というのもこういうところからくるのかもしれません。最初が「悪い」と逆転のチャンスありですが、最初が「良い」場合はそれを後も維持することになります。最初に頑張りすぎると後々大変なことになるでしょうね。(この話をしているときに「気をつけよう」と言っておられる方がいました。色んな意味で、ですね)。

 「第一印象」が「悪い」というほど強い警戒心がなくとも、初めて会う人に対する「不安」があるという声がありました。これは、初めて会う人へのスタンスにはどんなものがあるか、という問いにつながります。ここに、最初に出てきた種類分けの話が合流しました。

 参加者の中に職業上たくさんの人と会うという方がいました。こういった人の場合、初めて会った人を分類するための種類をたくさん知っていて、初対面の人の種類分けに素早く対応できます。しかも、経験を重ねると最初の種類分けの判断自体が的確にできるようになり、その人が後に別の側面を見せても即座に別の種類に分類するという対応ができてしまうわけです。これができると良さそうな気がするのですが、件の方によると良いことだけでもないようでした。自分の予想が的を外したり、後で期待を裏切られるようなワクワク感がないので寂しくもあるとのことです。

 また、参加者の中には限られた人と密に関わるという職業の方もいました。こちらの場合は、ひとりひとりの人をしっかり分析して種類分けをするという接し方になるようです。人と密接に関わることができるということなのですが、誰かと初めて会うときにはたくさんの情報を捌かなければならないので、負担が大きいということでもあります。

 素早く種類分けをする場合も、細かく分析をする場合も、葛藤があるようですね。どちらにしても、まずは自分の知っている範疇で相手のことを理解しようとするのが、初めて人に会うときの私たちの出方なのではという話がありました。得体の知れないものに対して感じる「不安」があり、そのままにしておくことはできないから、とりあえず自分の知っているものに当てはめて相手を捉えてみる。それが種類分けというわけです。最初から何もかもわかっていれば「不安」もないでしょうが、同時に「期待」とか「面白味」もなくなるのでしょう。そして「第一印象」がつくられることもたぶんなくなるでしょう。

 さて、少し話題が変わって、「ルール」と「第一印象」の関係も話されました。「第一印象」が「悪い」と判断されるとき、「その場にふさわしいかどうか」というルールを考慮していることがあります。ルールを守っているかどうかで「第一印象」が決まる場合ですね。

 主に服装を例にみなさんで考えました。スーツを着ていくべきシチュエーションだと、スーツを着てこない人はルール違反ということになります。この人に対する印象の一つは、「感じが悪い」けど「何か憎めない」というもの。もう一つは「ルールが守れていない」というもの。ここはあまり解きほぐされなかったので少しややこしいです。ただ、「ルールが守れていない」というふうに純粋にルールだけを気にする場合は、ある人からどんな印象を受けるかという観点が弱いのでは、と私は思いました。誰がその場にいるかではなく、その場においてルールが遵守されているか、という観点での判断のように思えます(「ルールだけで判断するときは、誰が来たじゃなくスーツが来た、と思っている」と私は表現してました)。ルールと「第一印象」は関係あると思うのですが、「ルールを守る」ということが、いつも人の性質について何か言おうとしているということもないのかもしれません。

 また話題が変わって、「作家」に絡めて「第一印象」が話されました。様々なジャンルの小説を書く作家さんがいますが、どの作品に触れるかによって「第一印象」が様々になります。推理小説から入った人はその作家さんを推理小説の作家だと思うし、ファンタジーから入ればファンタジーの作家だと思うでしょう。そして、自分のもったその作家の「第一印象」が数あるものの一つでしかなかった、と後で知るわけです。たとえば「第一印象」としてもったファンタジー作家という印象は、その作家のほかの作品と並ぶものの一つになります。ほとんどの場合、私たちが「作家」自身に会うことはないので、その作家自身に一貫しているものが何なのかがわからなくてもとくに困りません。極端にいえば、実は同じ著者名を使って複数の人が書いていました、ということでもいいわけです。

 ところが、私たちが実際に会うことのできる人の場合、いつ会っても何か一貫したものがあるはずの同一人物として私たちは接します。昨日会ったその人と今日会ったその同じ人が、まったくの別人だとはふつう考えません。実際同じでなくては困ります。昨日のその人とはまったく別人のように見える振る舞いをその人がしたとしても、そこですぐに別人とは考えず、むしろ昨日のその人との共通点を探そうとするはずです。

 だとすると、実際に何度も会う人の「第一印象」は、単に色々ある印象の一つではなく、その人の中で一貫している「芯」に関わっていると考えられます。最初の印象とは異なる側面をその人が見せたとしても、それで別人になったとは考えません。私たちがある人の「第一印象」を意外とよく覚えているのも、その人の「芯」の一部として「第一印象」を記憶しているからかもしれません。

 前回から、新聞記事を見て参加してくださった方がいるのですが、あの新聞記事が空堀哲学caféの「第一印象」だという話を聞いて、なるほどと思いました。私としてはそういう発想はなかったのですが、たしかにあの新聞記事で空堀哲学caféを初めて知る方にとっては、あれこそが「第一印象」をかたちづくることになります。ひいては哲学カフェ自体の「第一印象」を多くの人の中につくることにもなっていたのでしょう。そう思うと、自分や自分のしていることの「第一印象」を誰かに預けるということもあるのですね。

 この振り返りもまた、初めてここに訪れた人に空堀哲学caféの「第一印象」をつくり、いままで読んでくださっている人たちの「第一印象」を更新しているのでしょう。
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tag : 哲学カフェ振り返り

プロフィール

のら

Author:のら
猫鳴堂の堂守猫(雑種)。青い。

空堀哲学café
・日時:
 毎月第四日曜日
 16:00~18:00
・場所:
 道勝café
 大阪市中央区谷町6-4-20


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