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2015-03-05

空堀哲学café「ほめる/ほめられる」案内+振り返り

今日は三回目のテーマをご紹介。

とき:12月21日(日)16:00〜18:00
テーマ:ほめる/ほめられる
誰かをほめたことはありますか。誰かにほめられたことはありますか。何をほめて、何をほめられましたか。ほめた相手はどう応じましたか。ほめられたあなたはどう思いましたか。「ほめる」とは何をすることでしょうか。一緒に考えましょう。

進行役をした人の振り返りは続きからどうぞ。


振り返り

 前回に続いて今回も参加者の7割が女性でした。ここまでの3回で男性の方が多かったことはなく、別に狙ってそうなっているでもないので、これが空堀哲学caféの色になるかもしれません。

 それはさておき、今回のテーマは「ほめる/ほめられる」。だいたい人間関係を背景にした対話になったと思いますが、前半と後半で違う展開になりました。

 前半はまず、ほめる側がどうしても優位に立ってしまうというところから始まりました。確かに、目上の人をほめるというのはちょっと抵抗があります。じゃあ、立場が上の人が下の人をほめたらいつもうまくいくかというとそうでもない。ほめられた側がほめた側の意図を見透かして、これはおだてているだけだ、と思うこともあります。ちゃんとした信頼関係がなければ、ほめても空振ってしまうというわけです。ほめる側もそれなりに考えなければ。いや、ほめられた側がほめられたと思わなければ意味がないのだから、ほめる側はどうしようもないのでは。それでも、事実をきちんと見定めることや判断の客観性に注意を払うことは大事にしないといけない。ここでの「ほめる」は、「おだてる」や「評価」といったことが舞い込んでくるような言葉でした。

 前半に出てきたもうひとつの「ほめる」は、「その場での感動を表現すること」でした。パッと見て自分が「おおっ」と思ったことをそのまま伝えるという感じですね。これは小さいお子さんのいるお母さんから出てきたものでした。相手のことよりも自分がどう感じたかを伝えているところが、上下関係の中での「ほめる」とはちょっと違います。上下関係の「ほめる」は信頼関係を前提にするところがあるけれども、感動を伝える「ほめる」はむしろそこから信頼関係が築かれるようなきっかけになるように思います。

 前半は、ほめる人とほめられる人という関係の中でいろいろな話が出てきているようでした。後半はこれと違う構図になったと思います。

 どこからその話に入ったか覚えてませんが、兄弟・姉妹の話になりました。そこで長男・長女は下の子の面倒をよくみるとほめられるという話があったのですが、これが思わぬ方向に行きました。

 下の子の面倒をみていることで親が長男・長女をほめると、ほめられた子は「これをしているとほめられるんだ」と思うわけです。それで、また面倒見がよくなったりするのでしょう。別に何ということもない気がしますが、これは見方を変えると子供をある役割にはめ込んでいることになるのではあるまいか、と思い始めたのです。つまり、「ほめる」ということはある人に何かの役割を割り振ることだというわけです。しかも、ほめている親は親で「子供をほめる親」になるので、それもまたある役割にはまり込んでいるかもしれないのです。つまり、「ほめる」ということが行われると、それに関わっている人がみな何かの役割の中におさまるのです。「ほめる」というのはある出来事のことで、その出来事の登場人物として「ほめる人」と「ほめられる人」がいるという、前半とはちょっと違う構図が見えました。

 この構図でいくとこんなことが考えられます。「ほめる」が起きたとき、それに関わっているひとがみんな自分の役割を心地よく思っていれば、「ほめる」は関係をしっかりと維持する力として働きます。もし自分の役割に満足していなかったり窮屈に思っている人がいたら、その人は「ほめる」が起きたときに自分の役割を演じなければいけなくなります。自分がどんな関係のなかにいるかも大事です。面倒見のよい長男・長女は家の外に出たとたん仕切り屋になってしまい、煙たがられるかもしれません。さっきまでほめられていたことが急に否定されてしまうのだから、相当なインパクトがあるでしょう。

 「ほめる」をある人の行為ではなく出来事として見ると、こんなことが考えられました。(三兄弟・姉妹の真ん中の子って突飛な子になると言いますよね。甘やかされたりほめられたりする機会が少ないので特定の役割にはまってないんだと思ったんですが、どうでしょうか真ん中の人。一人っ子にも真ん中の子と同じようなことが起こることがありそうですね。ちなみに私は一人っ子です。)

 「ほめる」を出来事として考えるとなかなか面白いです。誰も気づかないうちに何かの力を発揮していることがあるかもしれない、それが「ほめる」ということなんでしょうか。そう思い始めると「ほめる」というのも迂闊にはできなくなってきますね。こんな感じで普段よく知っているものの背後に幽霊が見えてくると、面白くなってきます。

 次はどんな幽霊を探しましょうかね。
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tag : 哲学カフェ案内振り返り

プロフィール

のら

Author:のら
猫鳴堂の堂守猫(雑種)。青い。

空堀哲学café
・日時:
 毎月第四日曜日
 16:00~18:00
・場所:
 道勝café
 大阪市中央区谷町6-4-20


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