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2016-06-07

空堀哲学café「風」参加者感想

空堀哲学café「風」、今度は参加者の皆さんの感想です。庸さん、霧雨鏡月さん、クローバーさん、ニジンスキーさん、ご感想ありがとうございました。

皆さんの感想はつづきからどうぞ。


難しい❗風って何なんだ?視覚化できず支配できず曖昧で時には被害をおよぼす影響力がある。個人個々により同じ風、風潮でも適、不適が生じる。まるで神が存在するならば、その息吹きのように幸福感を与えることさえある。風の便り?まさしく人智の及ばぬ運命的な便りではないか。自分の道は自分が選ぶ、しかしその道に吹く風の予想もつかず、例えば何か店を個人経営して時代の風潮に乗るやらどうやら解らないが追い風が吹くかもしれない。具体的に、手であるとかオンオフとかコントロール可能であるとか、取り組みやすいお題だったかもしれない。曖昧さが日本的であるならば風という言葉を多用する傾向があるのかもしれない。楽しいお題と思いきや、難しかったなぁ、それは良いお題なのかもしれない。有意義でした。有難うございました。

(庸)


風は有るものだが掴めないもの。だから色々な表現に使える。愛、心、正義も同じ。だが風と違い、各自が好き勝手に使い大混乱。この様な言葉は安易に使いたくないですね。

(霧雨鏡月)


 「風」で、話が尽きないことに驚きました。ゆるやかな風のように、私の中では思考が続いています。
 辞書によると、「風格」の「風」は、状態や姿をあらわす使い方、とありました。「風」は「輪郭が曖昧なもの」なのに、その輪郭を形作る役割をするなんて不思議です。そして「風格」には自然現象の「風」の意味合いはないのに、思考と並行して肌に風を感じる気がします。そういうところが、哲学カフェでのゆったりした雰囲気の元になっていたのかもしれません。「風から心が生まれた」という感覚がつかめそうな気がしたのに、その瞬間すり抜けていってしまいました。
 哲学カフェ後は脳が交通渋滞を起こして、もやもやすることもあります。でも今回は「もやもや」でなく「さらさら」と後味を楽しんでいます。

(クローバー)


 風は目に見えず、どこからどうやって来るのかもわからない。風を感じることはできても、私が風に触れているというより、風が私に触れているだけで、私に選択権はない。掴めない曖昧なイメージが背後に付き纏うもの。というような考えが参加する前に持っていたものでした。しかし、終了後の風への考えは「力を与える」です。
 まず風というテーマで個人的に頭に浮かんだのが「きみはわがこずえを鳴らす風であった」というある作品の一文でした。しかし、「わがこずえ」と自称する語り主のこの瞬間のすべてを掻っ攫うような、でもすべてを与えるような表現がされている「風(=君)」は私が考えた「曖昧な」風では説明がつかず、かなりもやもやしていました。風の正体はまだわかりませんが、私のもやもやの答えは「力を与える(もしくはその力でもって破壊する)」だったと思います。ありがとうございました。

(ニジンスキー)
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tag : 哲学カフェ参加者感想

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のら

Author:のら
猫鳴堂の堂守猫(雑種)。青い。

空堀哲学café
・日時:
 毎月第四日曜日
 16:00~18:00
・場所:
 道勝café
 大阪市中央区谷町6-4-20


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