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2016-10-06

空堀哲学café「ブランド」振り返り+参加者感想

先月の空堀哲学「ブランド」のテーマ設定&進行をしてくださった今村さんから振り返りが届きました。話し合われた内容が詳細に振り返られています。じっくりご覧になってください。今村さん、ありがとうございました。

振り返りにつづけて参加者の感想も載せてあります。

ではつづきからどうぞ。


振り返り

 今回テーマにした"ブランド"は正直なところ僕にとって遠く、あまり興味のない話題でした。進行役の主観が入りにくい(無関心な)テーマが対話でどう転がり溶けていくか、楽しみにしながらカフェの敷居をまたぎました。

・はじめ/利用者から見たブランド
 最初に少しだけ話題となったのは参加者の男女比です。ブランドといえば女性が集まりそうなものなのに今回は男性が多い。普段の空堀とも雰囲気が違うと。女性が関心を持ちそうという声は、ブランドという言葉から服飾ブランドを想定するという前提があったようです。確かに服飾ブランドはビックネームが多く、興味がなくとも名前だけは知っているということもありえます。出発はここからでした。

 次にブランドを読書の際に意識するという声がありました。出版社の格のようなものがあり、その格はイメージとして共有されている、そんな気がする。だから見栄を張るために特定の出版社の本を読むこともありえると。ここで出されたのはブランドについての良いイメージでしょうか。

 一方この「おっ、あいつ出来るな」というプラス方向のシンボル性に異議を唱える方も出てきます。つまりブランドはいいものに限らず他とは違うという特色を打ち出す単なる差別化の働きではないかという声です。プライベートブランドは高級レストランみたく特別よくもないけどノーブランド品よりは悪くないかなというような微妙な特徴、秀でているとは違う方面での差別化のしるしとして働いているのではないだろうかと。このあたりでブランドがある価値体系の中で自分の位置を示すもの、名前としての側面が浮かび上がってきました。

 また実際の時系列的には少し前後しますが、マイナスイメージのブランドもあるという声の例として中国産という言葉が出されました。実際のクオリティがどうかはここでは置きざりにされ、ギョーザの混入事件以後信頼が失われた中国産の食品は買いにくいという実感があるといいます。何か事件や不祥事が起こるとその負のイメージはしぶとく残ってしまうということからいったん落ちたブランドをイメージ戦略よって再起させることの難しさや、そもそも1社の努力では"中国産"という大きなブランドを変ええないことが想像されます。


・クオリティ/イメージとしてのブランド
 ここまで利用者としての立場からブランドが考えられてきましたが、広告系の仕事をされている方からは自ら職業としてブランドを扱う立場から、"ブランディング"が語られました。企業や広告会社は相談して客層ターゲットを絞る、あるいは需要を作り出すことを目的としてそこに合わせた戦略を行います。この戦略は商品の特徴によって客層対象や戦略それ自身が変わる、つまり商品のクオリティがブランドを決める重要な要素ではないかという立場です。消費者の立場からも同じことが言えます。例えば服を買うときはブランドが助けとなりえるのは、そのブランドが自分の求めるクオリティを提供してくれるという安心や信頼感があるからでしょう。自分が自らの必要性からものを選ぶ際はブランドを能動的に使いこなしているといえそうです。

 そこから語り手がバトンタッチして、ブランドはクオリティを基としたイメージではないかという方向に舵が切られます。同時にイメージは売り手や買い手どちらにも抱いていること、社会的なイメージと個人の抱くイメージの間にギャップが生まれることもあるとの声がありました。対象は1つのはずなのに見ている主体の違いによってイメージが1つに定まらない、あるいは主観の中に自分の実感とは異なるイメージを想定する(社会一般には~と思われている)というようにイメージの複数性が問題となりました。これまで話してきたイメージは全て取り止めがないからまとめきれないという声も聞こえ、この時は解決できていません。最後になって新たな視点から見直されることになります。

・生活と密着したブランド
 その後ブランドは単なる好き嫌いや本能からではなく、1つ上の次元である信念から認められるものという意見、また大阪に住むと阪神が好きになるといった具合に生活する場所によって惹きつける力が生まれてくることに注目した意見、そして畳職人は日常の中で畳を気にするといった具合に人によって気になるものは違うが、ブランドはその人の志向の枠組み、意識の枠組みとして働いているという視点も出されました。気になるものについてしかブランドは考えられず、その意味でブランドはその個人個人の生活を反映していると言えそうです。

 並行してブランドは個人名か会社名か国名かという問いも出されました。個人と企業と地域や土地、はたまた国などを私たちは一絡げにブランドと言ってしまいますが、その名前が名指すものは個人と国というように大きな隔たりがあります。そこに何か区別があるのかもという問いが生まれますが、ここも同じく後に戻ってくる部分となります。

・ブランドの変質
 そもそも企業ブランドがブランドたりえたきっかけは何かという問いに対し、その当時における改革、イノベーションに答えを求めた意見が出ました。ある生活に密着したものが劇的に変わる、見えない需要を作り出す。この瞬発的なパワーはとてつもないものです。そしてこの改革のきっかけは個人のアイディアでありえる点が話題となりました。

 しかし企業という点を考えると、改革において最初にアイデアを出し作りあげる人に加えヒットしたそれをさらに世に広める作業やその人気を継続させる作業をする人が必要になります。このように1つのブランド名の下で行うことがらが分裂してしまうことは避けられません。今回はそこにブランドの価値の変化がおこる原因を見出しました。つまり革新性やオリジナリティといった鳴り物をつけ世に出たブランドは時が流れるにつれ価格上昇させたり凝ったデザインにするなどし、手にとりにくさをすすめる生存戦略をとります。本当に使いやすく時代を変えたものから、少し手の届かないものへの戦略の移り変わりをブランドの特徴としてみる観点が生まれました。

・複数/再現性としてのブランド
 ここから話を進めて、ブランドとしてあるためにはその構成員は複数人で、また生産物に再現性がなければならないという点が話題となりました。個人で製作を行い個人の死後再現されえないゴッホはゴッホブランドとは言いにくいけれども、集団であり流派としてある程度受け継がれるものがある日本絵の狩野派は狩野派ブランドと言えそうです。またシーズンごとに新作が出たり、毎日提供していたりと現在も生産活動を続ける稼働中のまとまりについてブランドと呼べますが、もう何も作らずもたらすものがないまとまりについてブランドとは言いにくいでしょう。

・互いに補う関係性としてのブランド
 先にブランドが名前として示すものが個人や企業など様々で1つにまとめて良いものか、という話がありました。これについて京都哲学カフェというと京都という名前にとんでもない重しがのっているようで空堀よりすごそう…という印象を受けてしまうという声から、ブランドは利用したり逆に利用されたりすることがあるという、ブランドの流動性が指摘されます。スーパーで見る野菜や果物などには「~県産」「~品種」とたいそうなブランドがついている一方、裏返してみると生産者個人の名前と顔写真、アクセス先が載っています。表のブランドだけでは信頼に欠けるが、個人名だけではブランドとしての力が足りない。相補的な関係として個人や企業、土地や国といったブランドが結びついているといえそうです。

・作り手/買い手の循環運動としてのブランド
 これもだいぶ前になりますが、ブランドのクオリティからイメージへ話が移った際、提供する側と受け取ったり選んだりする側で考えているブランドが違うのではという問いがありました。ここまでの対話からその提供と享受の循環運動のようなものがブランドを成り立たせる不可欠な要素だと考えることもできそうです。作り手が打ち出すブランドがウケないと相補的なブランドが立ち上がり、消費者にマッチしていきます。また消費者が満足しだすとブランドは組織として変質しだします。このやりとりは一回きりのものではなく複数回行われ、継続性がブランドとしての鍵となります。

・おわりに
 このような話を通じて複数性 再帰性 相補的 継続的 変質といった鋭いキーワードを抽出できた一方、これでブランドをいい尽くした!という実感にはまだ遠いという印象です。とらえどころのない巨大な関係性に手玉に取られた感じを受けつつ対話を終えました。


 個人的な感想として、完璧ではないにしろある程度具体的なまとまりを持ってテーマについて考えることができるとは思っていませんでした。しかしこの対話を経たことによってブランドが制御できない巨大な機械みたいに見えてくるようになり、若干のこわさもあります。ただ対話という活動で、自分も含めあの場にいたみなさんの生活に基づいた言葉が1つ1つ光り出していく様子が見れた気もします。
 進行役として働くというより対話についていくのに精一杯という感じでしたが充実した時間でした。今度は参加者として場に行きたいものです。長文にお付き合い頂きありがとうございました。

・さいごに
 道勝カフェのジンジャーエールとても美味しかったです、ぜひ。

(いまむら)


参加者感想

今回初めて哲学カフェに参加させていただきました。とてもいい時間でした。ルイヴィトンが海難事故の際浮きになった事、CoCoCHANELはフェミニスト的な発想から生まれたなんて、面白かったです。
現役学生から空襲体験者が3人もおられたり、それぞれの人生観が出ている話しは好感が持てました。時間を忘れてもっと話したい気分でした。

(神田 いち)


 ブランドというとまずは特定のモノ(商品)を思い浮かべていたので、それにしてはブランドって捉えがたい抽象的なものだなと思っていました。今回の話に出てきた「ブランド=枠組み」という考え方や、再現性がなければならないという話は、ブランドに抽象的なところがあるという感覚を埋めてくれるものでした。
 「女性はブランド好き」というようなステレオタイプの意見が先行することはなかったので安心して聞いていられました。

(のら)
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tag : 哲学カフェ振り返り

プロフィール

のら

Author:のら
猫鳴堂の堂守猫(雑種)。青い。

空堀哲学café
・日時:
 毎月第四日曜日
 16:00~18:00
・場所:
 道勝café
 大阪市中央区谷町6-4-20


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