2016-12-05

空堀哲学café「ふるさと」振り返り+参加者感想

今月の空堀哲学café、案内を始めております。開催がいつもよりかなり早いのでご注意ください。

さて、先日の「ふるさと」の振り返りが進行をされた八木さんから届きました。振り返りは書く人によってスタイルが違うので、それもゲスト回のお楽しみですね。参加者の方からの感想も併せてご覧ください。


振り返り

 今回は青木さんから機会をいただき、進行役をやらせていただきました。私は仙台にて「てつがくカフェ@せんだい」のスタッフを務めていた経験があり、この日はそこでのやり方に基づき、対話を進めました。

 会では先入観とならないように言わなかったのですが、今回、テーマを「ふるさと」にした理由は、数年前に仙台にて「〈ふるさと〉を失う?」というテーマで対話が行われていたからです。また、昨今「ふるさと納税」など、ふるさとに注目する機会が増えたことも理由でした。

 まず、集まった参加者それぞれに「あなたにとってのふるさとはどこだと感じるか、またその理由」を聞いていきました。生まれ育った出身地、思い出のある場所、青春時代を過ごした場所、帰りたい場所、お墓がある場所…などの答えが出る一方、「ふるさとはないと感じる」という人もいました。なぜなら、ふるさと=田舎・自然の豊かな場所であるから、都市部にずっと住んでいる自分は、そのような場所を持っていないという理由でした。また、ふるさと=田舎とは思わないが、ずっと同じ場所に住んでいるし、町の様子も開発でどんどん変わっているため、一定の風景を持つ、ふるさとと感じる場所がない、という人もいました。

 さらに、「お浄土もふるさとと感じる」と語った人もいました。なぜなら、見たことも行ったこともないけれど、ご先祖様など、自分の馴染みある人がいく場所だから、懐かしさを感じるということです。

 話を深めてみると、物理的なふるさとと、心で感じるふるさとは異なる、ある場所から離れたことによってふるさとができる、自分の見知ったものがあるか・ないかがふるさとに関係する、などと抽象化もできてきました。

 次に今までの話の中から「キーワード」を出していきました。ここでは、「自然」「郷愁」「ある/ない」「移動」「離れる」「心安らげる」「原点」といった言葉が出て、ふるさとに関して私たちが引っかかる点が明らかになっていきました。

 これらのキーワードをもとに、「問い」を作る作業をしました。これは、私たちが「ふるさと」をより深く解剖するための、観点や方向性を絞るための作業です。
・「ふるさとは、いつから”ふるさと”になるのか」
・「誰にとっても共通するふるさとはあるのか、またそれはどんなものか」
・「動物にふるさとはあるのか」
・「ふるさとと自然の関係?」といった問いが作り出されました。

 残りの時間で、問いの答えを考えてみました。「いつ?」という問いに対しては、「何かと何かが対立する時」「喪失体験が重なる時」という答えが導き出されました。これらの理由は、前半にも出てきたように、ある町から離れたり、なじみのものを失ったりとする中で、“あるもの”の輪郭がはっきりしてくると、ふるさとを感じることようだからです。ここが、今回の対話の一応の着地点だったかと思います。

 進行役として興味深かったのは、終始「自然」という言葉が交わされていたことです。これは仙台では出てこなかった観点で、「ふるさと」という曲に歌われるようなイメージが根深いことは意外でした。この点は、語る場所や世代によって分かれるポイントかと思います。その流れで、人間は自然の一部か、という話題にも一時とびましたが、自然を問い始めると収拾がつかない気がして、逃げてしまったのは進行役として反省はしています。

 また、「お浄土」といった、見たことも行ったこともない場所もふるさとの一つと挙げられたことで、ふるさとの構成要素が抽象化できたように感じました。目に見える「ふるさと」のイメージを離れることができたからです。

 私たちが生きていく中で避けては通れない喪失。この存在によって懐かしさなど「ふるさと」への思いが発生してくるようですが、そうなると、ふるさととはなんだか理想郷のように感じます。青木さんもアフタートークで仰っていましたが、「地元」「故郷」などの言葉も「ふるさと」とほぼ同義なのに、「ふるさと」だけやけに「良いもの」「大きいもの」を背負っている気がします。しかし、本当にそうなのでしょうか。このイメージを覆せないまま対話が終了してしまったのが、私の最大の反省点です。

 とはいえ、久しぶりの進行役として、じっくり対話できたのはとても楽しかったです。今回出た問いを皆さんが持ち帰って、ふるさとについて考えを深めるきっかけになれば幸いです。


参加者感想

ふるさととは作られた観念でないかというのが感想です。青春、子供と同様に近代になって。最も色々な観念を作り生きていくのが私を含めた人々ですが。地域としてのふるさとは私にはありませんが別のふるさとを作るつもりです。

(霧雨鏡月)


「自然」の扱われ方がしっくりこなくて話についていけないことがあったのですが、振り返ってみると、引っかかっていたのは「大自然」という言い方だったようです。「ふるさと」に近い「自然」って人間に優しいイメージがあります。「大自然」だともっと厳しさをもっているような。どうして話し合いの中では「大」がついていたのか気になります。

(のら)
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tag : 哲学カフェ 振り返り 参加者感想

プロフィール

のら

Author:のら
猫鳴堂の堂守猫(雑種)。青い。

空堀哲学café
・日時:
 毎月第四日曜日
 16:00~18:00
・場所:
 道勝café
 大阪市中央区谷町6-4-20


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